2018年12月31日(夜行発)~2019年1月3日
「西上州年越しラン・余地峠・ぶどう峠」
車種:Niner Air9 29er
同行:糟谷・伊藤(眞)・依田・石井(昭)・弥永・各氏
天気:快晴
Day1:自宅-民宿おかしら(晴れ)
年末のこの日から走る予定でいたが、諸事情により出発できず車で「おかしら」を目指すことになった。 19時前に白馬の自宅を出発、途中で買い出しなどを済ませて21時頃におかしら到着。
宿で依田・糟谷・伊藤(眞)・弥永各氏と合流、そのまま日付が変わる頃まで楽しい宴が続いた。
Day2:民宿おかしら-勧能-余地峠-海瀬-小海-民宿相木荘(晴れ)
年が明けて元日、この日は槽谷・伊藤(眞)両氏の同行が決定。 朝、宿を出て凍結交じりの道を丁度いい頃合いのペースでじりじりと登り、途中、日なたぼっこを交えながらのんびりと余地峠を目指す。
峠へと続く林道に入れば10cmほどの積雪を踏みしめながら押し進み、昼前には余地峠に到着した。
久しぶりの余地峠。
笹原の陽だまりで昼食を食べている時、遥か遠い記憶が蘇ってくる気がした。 初めてここを越えたのは高校生の時だっけ・・・。
1時間弱、峠に逗留し状況良好な道を海瀬へ向かって下り始めた。
途中、宮浦諏訪神社に立ち寄り初詣を済ませたのだが、ここで地元の衆と話しが盛り上がり、しばし長居をすることに。30分ほど留まっただろうか、ここまで来れば、後は海瀬から千曲川対岸の田舎道を走り小海駅で小休止、相木の道に入れば岩室などを見学しつつ15 時頃には相木荘へ投宿となった。
Day3:民宿相木荘-栂峠入口-ぶどう峠-三岐-砥根平-明ヶ沢-湯の沢トンネル-盤戸-民宿おかしら(雪-晴れ)
雪がパラパラと降る朝、夜半に結構降った様子で外は一面の銀世界だった。この日は本来であれば栂峠から旧十石峠へと繋げる予定だったが、車の 回収と積雪のことを考えてぶどう峠回りとした。
宿から依田・糟谷・伊藤(眞)・石井(昭)・弥永の各氏とノロノロと進み、栂峠の入口で十石峠へと向かう糟谷氏と別れた。長者の森入口の分岐を過ぎる頃には本格的な雪道となり、晩から朝にかけて降った雪がカチカチのアイスバーンを隠し、部分的にスリッビーな状況の中、ときどき後輪を空転させながらぶどう峠へと登り始めた。
と、伊藤(眞)氏が転倒。
昨日から何回か落車しているのを見ていたのでそう気に留めなかったが、本人はかなり痛そうだ。何となく「大腿部かな?」と思いつつも、肩を貸せば立ち上がれたので一安心。しかしながら、ここから走ることは不可能に思えたので自力で相木荘へ戻ってもらい、自分が車で迎えに行くことを提案。氏も了承したので、そうと決まれば依田氏と一緒に峠まで登り、そこからは自分が先行する形でぶどう峠からのスノーダウンヒルを楽しみ、さらには湯の沢トンネルまでダッシュで登り返して12時前には「おかしら」に到着。
車で雪の大上峠を越えて相木荘に到着したが、病院へ運ばれたことはここで知ることに。
とりあえず氏の自転車を回収、収容先の病院へと車を走らせれば手術が始まったところとのこと。これ以上、自分に出来ることはなかったので佐久から下仁田まで高速を使い、そのまま「すりばち荘」へ投宿した。
風呂に入ってビール飲んで、夜はここで合流したメンバーと楽しい宴、0時前にはすっかり疲れてぐっすり熟睡となった。
Day4:すりばち荘-佐久(中込)-自宅(晴れ)
最終日は伊藤(眞)氏のケアもあり、そのまま車で病院へと向かう。
途中、頼まれた買い物を済ませて病室へと向かうと意外と元気そうな姿。しかしながら、転倒した際に「大腿骨かな?」と言葉に出しつつも適切な判断が下せなかったことが少々悔やまれる。
その時は致命的でなくとも、一緒に宿まで下っていればと...。
うむ・・・自分もまだまだだな。
今回、初めて伝統ある年越しランに参加させて頂きましたが、今更ながら先人たちの知恵と経験にはただただ唸るばかり。 いろいろと勉強さえて頂いた上に、毎日楽しい時間を過ごすことができました。
ありがとうございました。
来年も初日から参加したいと思いますので、よろしくお願い致します。
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2019年2月24日
「山サイ研・須山カップ」
車種:Niner Air9 29er
同行:鹿島・石井(昭)・新庄・吉田・浜松各氏
天気:晴れ
素晴らしい晴天の中、須山カップに参戦。
結果は1時間をわずかに切ることが出来なかったが、何とか先頭でゴール。
峠では石井氏の振る舞いに舌鼓を打ち、また楽しい会話に花が咲いたのであった。
帰りは皆野町にある「満願の湯」で汗を流し、吉井ICから上信越道で帰路についた。
幹事の石井氏、参加のみなさん、大変お疲れさまでした。
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2019年3月10日
「山サイ研集中ラン・能岳」
車種:Niner Air9 29er
同行:鹿島・石井(昭)・鈴木・江本・星・新庄・浜松・小川各氏
天気:晴れ-曇り
早朝から走り出すことを考え、前夜は八重山登山口の駐車場で車中泊。
翌朝、自転車を組み立てのんびりと和見へ向かって走り出す。芦垣への道を分けると徐々に勾配が増し、ローギアまであと1枚を残す頃、山桜が咲き、長閑な雰囲気が素敵な和見の集落へとたどり着いた。
ここからはやや勾配の緩んだ林道を進み和見峠を往復、集落へ戻って雰囲気のいい小径から御林峠へと足を向けた。
集落上の小径から、やがて「民有林道和見線」の道標を見る。やや荒れた道を登り、林道の終点からダブルトラックの道を進むと意外と呆気なく御林峠に到着した。
峠で一息入れて、何やら曰く有り気な集落「墓村」へと進む。
道は尾根上の快適なシングルトラック。乗車率100%の道を気持ちよく下ると墓村と尾続との分岐にたどり着いた。
ここを左に折れるとやや急な下りとなるが、よく踏まれていてほぼ乗車することができた。
墓村。
おどろおどろしい地名だが、ここも和見と同じく日当たりのよい長閑な雰囲気。道端に腰を下ろして休めば、桑らかな舂花の香りが漂ってきて、心地の良い幸せなひと時を過ごすことができた。
少々時間が経過しただろうか、里村からは快適な舗装路を下り椿へと向かい、ここから鶴川対岸の軌道跡をのんびりと走れば30分ほどで能岳の登山口へと到着した。
登山口からは短いが急な登りが続く。はなっから乗車することは考えていないので、自転車を押し進めていくと小尾根を乗越し、植林地をトラバース気味に登っていく。能岳から北に伸びる顕著な尾根にたどり穂くと、そこに鹿島・石井(昭)両氏の姿があった。
「若い人は先にどうぞ」
そう言われたのだが、実はもうそんなに若くはない。 僕が山サイ研に入ったのは高校生の頃、きっとその時から埋めることのできない時の移ろいと共に、皆さんの時間軸には変化がないのだなあ・・・。
大前氏が言っていた通り、いつまでも基本的な感覚は坊主頭の高校生のままなのだと実感。
何はともあれ。
ここからはボチボチと押しと担ぎを交えて進み、やや急な斜面を登り終えると能岳の山頂に到着した。 ここにはすでに星・新庄・小川・浜松の各氏が到着しており、後から鈴木・江本両氏も合流。何とも賑やかな山頂でのひと時となった。
下りは短いながらも快適なダウンヒルを楽しみ、アッと言う間に下山完了。
あとは石井(昭)氏に教えてもらった近場の温泉で汗を流し、中央道で一路帰宅の途についた。
参加されたみなさん、大変お疲れさまでした。
(行程)
八重山駐車場-上野原-和見-御林峠-墓村-椿-聖武運-能岳登山口-能岳-八重山駐車場
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2019年4月20日
「山サイ研集中ラン・櫃山」
車種:Niner Air9 29er
同行:鹿島・石井(昭)・浜松・神田・藤倉・石井(順)・山田各氏
天気:晴れ
Facebookで集中ランの話になった際、藤倉氏と同じアプローチ方法だということが判明。
どうせなら同行ということに相成った。
豪脚の藤倉氏に先行してもらいながら、林道をノロノロと登っていく。最初の2kmほどが急勾配で、走り始めからなかなか厳しい感じだが、上部行くに従って走りやすくなったのが救いだった。
走り始めから1時間強で南東へと伸びる尾根への切通に到着。
各自、阿吽の呼吸で準備を整え、櫃山へと続く尾根へ分け入った・・・と、んんん?
予想していたほど薮が濃くない!
なんか乗れるぞ!
ヒャッハー!!
こんな具合で大した苦労もなく、かなり呆気なく誰もいない櫃山の山頂に到着した。
それから15分後に担当の浜松氏が到着、どうせなら上越線を走るSLを見ようと絶景ポイントへ案内してもらうことに。
山頂からしばらく下り、結構な急斜面の石の上に腰かけ待つこと20分、沼田方面から黒い煙を上げてやって来るSLを目視することができた。そしてそれはみるみるうちに近づいてきて、眼下にある利根川の陸橋を渡った。
響く汽笛と蒸気を排出する音、これはまるで生き物のようだ。SLを見たのは初めてではないが、メカニカルな感じと生き物のような感じが混然して不思議な雰囲気を醜し出す。
凄いね。
迫力満点だ。
しばらくして山頂に戻ると鹿島・石井(昭)両氏が到着していた。その後、僕らと同じルートをたどって友人を連れた石井(順)君が現れた。
驚いたことにその友人(山田クン)は肌むき出し。イバラの薮、痛かっただろうに。
でも、初めての山サイでその心意気、ナイスファイトです。
下山間近になり、自転車を送電線下にデポした神田氏が到着。これ以上、集中する人は居ないだろうという判断で早々に下り始めることに。
山頂を後にして、浜松氏の案内に従いダブルトラックを進むが程なくして小径は上り始めた。
何となく違和感を覚えながらシングルトラックになった尾根筋を下るも、僕の中の”ヤバイよアンテナ”が「もうこれ以上下っちゃダメダメ」と信号を送っている。
ふと傍らを見ると左へ折れる廃林道がある。
「これか?」
みんなを呼び止め、この廃林道を行ったほうがいいのでは?と助言し、これを進むこととなった。この道、最初は道筋もはっきりとして下れそうな感じだったが、やがて多くの倒木に阻まれ前進するのが億劫になってくるほど。右側の沢筋から巻こうとするも、やがて深い谷に行き当たり万事休す。
ここで自転車を置いて偵察に出るも、空身ならば行けないことはないが・・・なかなか厄介な予感。
ということで、こういう時は逃げるが勝ち!
振り出しに戻るが如く、来た道を引き返して櫃山の直下まで戻った。
ここまで来れば送電線巡視路の階段をひたすら押して下り、無事、林道に降り立てばホッと一息。
なんだか大昔の集中ランの様な、なんとも山サイ研らしい1日だった。
ちなみに。
”ヤバイよアンテナ”が作動したあの尾根道、あれを下って行っても最終的には深い谷間に引き込まれていたことが判明。どちらにしても、櫃山の南西面はどこにも抜けられないという結論に達した。
兎にも角にも、無事に林道へ降り立った後は、ひたすら国道17号線を走り上白井のピックアップ地点へ。
ここで子持山に登っていた妻と合流し、藤倉氏も合わせた3人で一路、西上州のキャンプ地へと高速で向かったのだった。
(行程)
上白井-子持山林道(林道大平線)‐標高800m付近の切通-644m基準点-櫃山-周辺探査-送電線巡視路-北沢林道-桜ノ木-上白井
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2019年5月5日
「松本周辺を年甲斐もなくハ一ドに攻める・馬飼峠・刈谷原峠・稲倉峠・入奈良本峠・保福寺峠・三才山峠・武石峠」
車種:Niner Air9 29er
同行:牧野
天気:晴れ
GWに一走りしなければ!と思いコースを立案。
Facebookで同行者を募ると近藤(幸)・牧野両氏が手を挙げてくれた。
(注:近藤氏は前日の山サイで負傷し見送りのみ)
馬飼峠:途中まで林道伸びるも松本側はいい雰囲気の古道残る。旧四賀村側も同じく。
刈谷原峠:残念ながら林道が開通している。
刈谷原峠~稲倉峠間:道径あり。乗れるが下りはとても急だ。
林道大ノ田線:保福寺の集落から急勾配の舗装続く。キャンプ場を過ぎると走りやすいダートが保福寺関連林道まで続く。
保福寺関連林道:伐採地までは状況良好。これを過ぎるとやや荒れた道となる。夏は藪に覆われそうな雰囲気だが峠を越えれば状況良好な道になる。
林道蝶ヶ原線:所々荒れているが問題なし。武石峠側は強固なゲートあり車の侵入は不可。
いやー後半、めっちゃキッかった。
少しズルをしようと美ヶ原に登って下山していた妻に武石峠の上り口まで迎えにきてもらうも「自分で走りなさい」の一言であえなく撃沈。
まあ、でもそのおかげで完走できたこともあり、終わり良ければ全てよし・・・ということで。
帰りは浅間温泉でひとっ風呂浴びて、翌日、一緒に山菜取りへ出掛ける予定の牧野氏を車に乗せて帰宅となった。
(行程)
松本市稲倉-馬飼峠-刈谷原-刈谷原峠-稲倉峠-矢室-保福寺-林道大ノ田線-保福寺関連林道-入奈良本峠(仮称)-県181号線-保福寺峠-林道媒ケ原線-三才山峠-県道464号線-武石峠-美ヶ原林道-美鈴湖-播場池-本村-稲倉
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